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活動報告-講演・会合

国会 地元

講演

2007年9月22日 
「福祉問題研究会 講演」

〔少子高齢・人口減少社会における社会保障〕
今年は「団塊の世代」が退職期を迎え始める、言わば社会保障制度の転換点の年であります。
これまで働き手の中心となって高度経済成長を担い、社会保障制度を支えてきた人たちが、これからは支えられる側になっていくわけであります。
また、8年後の2015年(平成27年)には、1947年から1949年に生まれた「団塊の世代」が、「前期高齢者」と呼ばれる65歳を超え、18年後の2025年(平成37年)には、65歳以上のお年寄りが、現在の約2600万人から、約1000万人増の約3600万人へと増える見通しであります。
社会保障制度は、こうした時代の状況に今の時点から柔軟に対応していく必要があると考えており、それによって、これからの少子高齢、人口減少社会を乗り切っていくことは十分に可能だと考えております。

〔社会保障と財政〕
こうした少子高齢化の進行に伴い、2007年度政府予算では、社会保障関係費は21兆円を超え、国債費と地方交付税交付金等を除いた政策経費にあたる一般歳出の約45%に達し、社会保障の国庫負担は増加の一途を辿っております。
そこで、政府・与党としましては、4年後の2011年を目指して、国・地方を合わせたプライマリーバランス黒字化という目標のもと、歳出・歳入一体改革を進めた結果、2007年度予算では、前年に比べ約6.3兆円という大幅な財政健全化を図りました。
しかし、約800兆円にも及ぶ気の遠くなるような巨額の財政赤字のもとでは、プライマリーバランス回復は財政健全化の第一歩に過ぎず、社会保障の分野においても、給付の伸びの抑制と適正な国民負担の議論は避けて通れない状況となっております。
これから誕生する新しい内閣で来年度の予算編成が進められることになるが、社会保障の予算をめぐっては、二つの大きな問題があります。
一つは、現在進められている「歳出・歳入一体改革」への対応であり、「歳出・歳入一体改革」においては、社会保障分野で、過去5年間と同様に、2007年度以降も5年間で国庫ベースで1.1兆円の伸びを抑制するという改革努力を継続することとされている点であります。
本年度、来年度とも2200億円の削減が求められ、本年度は、雇用保険と生活保護の見直しによりこの要請を達成致しました。しかし、来年度予算については、これにどのように対応するのか、これから本格化する予算編成上の大きな課題となっております。
社会保障制度については、2004年の年金改革、2005年の介護保険制度改革、2006年の医療制度改革と、その主要部分を占める年金・医療・介護分野で大きな改革を相次いで実施し、しかも、高齢者医療制度の導入や生活習慣病対策による医療費の適正化、基礎年金の国庫負担割合の引上げなど改革の重要な中身はこれからの実施となっております。
そもそも社会保障とは、国民誰もが「人間の尊厳」を守れるような生活を保障するための仕組み。制度の効率化の努力は必要であるが、診療報酬や介護報酬の引下げが続き、医療や介護の現場が限界ぎりぎりのところまで来ていると認識しております。
もう一つは、基礎年金国庫負担割合の2分の1への引上げをどのように実現するか、という課題であります。
先の年金改革では、今後、少子高齢化の進行が見込まれる中、基礎年金国庫負担の引き上げと積立金の活用を行うことにより、保険料の上昇を極力抑制しながら、将来の保険料水準の上限を厚生年金で18.3%に固定することとし、一方で、年金の総給付費の抑制のため、これまでは賃金や物価に応じて年金額をスライドさせていたものを、平均余命の延びや年金を支える力である被保険者数の減少を反映させて年金額の伸びを抑える仕組みであるマクロ経済スライドを導入し、給付水準を自動的に調整すること致しました。
この結果、年金制度については、中長期的に経済とのバランスが取れた持続可能な制度に改革することができたわけでありますが、それも、基礎年金の国庫負担割合を2009年度以降2分の1に引き上げることが前提となっております
2分の1への引上げには、2009年度であと約2.5五兆円という巨額の財源確保が必要となる。このような額は、率直に申し上げて、歳出のカットだけでは到底捻出しきれるものではなく、併せて、税制改革も議論も進めていかなければならないでしょう。
高齢者の介護保険料や来年度導入される予定の高齢者医療制度の保険料は年金から天引きされることとなっており、このことからも分かるように、年金制度の安定は、医療や介護を含めた社会保障全体の要となっているわけであります。
国民の理解を得る上で、消費税引上げを社会保障のために使うということについて、いわば使途をはっきりと限定することなども今後の課題であります。

〔介護保険制度について〕
介護保険制度は2000年4月、私が厚生大臣の時にスタート致しました。介護保険の対象となる要介護・要支援者は、施行当初220万人だったのが、今や420万人を超えるています。高齢者「十人に一人」が対象という状態から、「六人に一人」となったわけで、このままではいずれ、「五人に一人」、「四人に一人」という事態にもなりかねません。
利用者急増の最大の要因は、要支援や要介護一といった「軽度者」の利用の急増であり、これら軽度者は、当初80万人だったものが、200万人にまで増大しております。一方、今後は中重度や認知症の高齢者も増加も考えられております。
こうした深刻化する介護問題に対応していくためには、軽度者に対するサービスの見直しやスリム化とともに、中重度者や認知症ケアの充実、すなわち、「給付の重点化」が必要であると考えております。
その第一歩として、2005年の制度見直しでは、要介護状態に陥ることや重度化することを予防する「介護予防」を推進するため、軽度者を対象とする「予防給付」の見直しを行った訳であります。
そもそも要支援者への「予防給付」は、制度導入時に国民に保険料負担をお願いするに当たり、理解を求めるため、「受給機会をできる限り拡げる」趣旨で導入した訳であり、制度が一応定着した時点で、今後「給付の重点化」への舵を切ることが必要であると考えます。
※ ドイツの介護保険制度は、日本の要介護三以上に当たる中重度者を対象。
また、施設の個室化・ユニット化、第三者評価の義務付けといった介護サービス改革、在宅と施設の不均衡や年金給付との重複是正のための食費・ホテルコストの利用者負担の見直し等も行ってまいりました。
当面は、この制度の円滑な施行と定着に向けて努力を続けることが重要であります。

〔後期高齢者の医療・介護について〕
高齢者の方達は、これまで長く社会で生活し、社会に貢献してきたのであるから、できる限り住み慣れた生活の場で、家族や友人に囲まれて人生を全うするのが幸せな姿なのではないでしょうか。
私は、後期高齢者の医療というものは、その人の生活の場の中で、人としての尊厳に配慮して、本人が安心できる形で提供されなければならないと考えております。
そのためには、第一には、急性期入院医療から在宅医療・介護までの円滑な流れを作ることであります。医療機関の機能分化を進め、疾病ごとに、急性期から回復期、在宅医療といった、治療の流れに応じた医療機能を確立し、その上で、これらの医療機関が、地域の中で、治療計画に基づいて、患者を中心に連携し、最終的には自宅に帰す「地域連携パス」の体制を普及させていくことが課題であります。

〔社会保険方式と税方式〕
私どもは、昨今の一部の議論に見られるように、安易に「社会保険方式」から「税方式」へ、という転換を模索することは考えておりません。民主党などが提案している「税負担方式」は、保険料を収めた人も納めない人も区別せず、つまり、負担の如何にかかわらず給付を行うということである。これでは負担と給付の関係を否定することになる。
民主党の主張する「何でもすべて税金で」という考え方は、自らの努力なしに給付だけはしっかり受けるというものである。その財源は若い世代や将来の世代へのつけ回しになり、結局のところ、今の自分たちの世代さえよければいいという考え方であろう。
これでは、今でさえ巨額の負債を抱えたわが国の財政を破綻に追い込み、ひいては社会保障制度そのものの崩壊を招くことになる。基本的な考え方において誤りと言わざるを得ない。
私どもは、私どもの子どもの世代、孫の世代の負担まで考えた上で、責任ある政権与党として、あくまで、健康で収入のあるときには、自らの老後を考えて、応分の負担=保険料の納付を行い、現在のお年寄りの年金を賄うという「自立と相互扶助」に基づく社会保険方式を守るべきだと考えている。

〔おわりに〕
わが国は、世界に冠たる国民皆保険制度、皆年金制度を持った国である。
アメリカのハリケーン・カトリーナは、災害の大きさという点ででも世界の注目を集めたが、それ以上に、極めて貧しい階層の人たちの存在とその暮らしぶり、つまり、繁栄する超大国アメリカの光と影が白日の下に晒された、という点でも世界の耳目を集めた。
我が国を断じてそういう大きな格差のある社会としないためにも、高齢者や低所得者も安心して生活できる我が国の社会保障制度を、将来にわたって維持していかなくてはならない。
人口増が当然の時代に作られた制度を、人口減少時代に即した制度設計に切り替えていくのは、現実問題として大変なことであるが、しかし、それを乗り越え、世代間の公平や、給付と負担のバランスを確保しつつ、持続可能な制度設計を示して、着実に現実のものとして実行していくことが、政治の責任であり、国民の「安心感」につながるものと固く信じる次第である。


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