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風窓

風窓

2007年11月6日

「 風 窓 」(第1回)

 晩秋の休日、信濃路の佐久地方にある山寺へぶらりと出かけた。むかし、私がまだ大学に入学したての頃、座禅の真似事をしようと、1人で1週間以上宿泊した寺だ。

  もう40年以上も前の話である。あの頃は、自分のような学生で寺はいっぱいで、私は本堂のすぐ横にある納骨堂で、何日か寝泊りしたものだ。 その頃からあった杉は、まさに天にも届かんばかりの巨木になっており、御堂もすっかり立派になっていた。

                          山寺

                                  (山寺にて)

  当時の住職は、とうに鬼籍に入り、いまは、そのお孫さんが住職を務めているということだ。何度か声をかけていたら、年配の僧が出てこられた。現住職に代を譲ったご尊父で、突然の訪問にも関わらず丁寧に応対してくださった。

  雑談をしているうちに、前住職は、この寺に数学者で、エッセイストや評論家としても知られる『国家の品格』の著者、藤原正彦氏夫妻が来た時の話をしてくれた。この寺が、江戸時代の和算(数学)の大家、関孝和の菩提寺かどうか、訪ねて来たのだという。実は、老住職もその時は知らなかったが、あとでやはりそうだったことが分かったのだという話であった。

  『国家の品格』と言えば、“役人の品格”は、随分、地に堕ちたものだ。社会保険庁や市町村の窓口で、年金保険料を着服するものが続出していると思ったら、今度は、防衛省の事務次官を4年も務めていた事務方のトップが、軍事専門商社の人間から接待漬けにあっていた。200回を超えるゴルフやゴルフクラブのプレゼント、さらには韓国クラブでの飲食接待というから、開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。

  9・11テロが発生した直後にもゴルフに出かけ、部下の自衛隊員がアフガンや灼熱のインド洋上で国際貢献のために汗を流している時も、せっせと偽名でゴルフ場通いを続けていたという。

  こういう並外れた神経をお持ちの方が、なぜ4年間も役人のトップの座に居続け、“天皇”と呼ばれたのか。防衛省の体質に首をひねらざるを得ないとともに、私たち政治家の責任も重いと、改めて噛みしめている次第だ。

  そんな騒ぎの中、インド洋で6年近く続いていた各国艦船への燃料の補給活動に撤収命令が出された。“テロとの闘い“のため、国連安保理決議1368号に沿って各国が様々な形で貢献しており、我が国のこの給油活動も国際社会の中で高い評価を得られてきた。しかし、衆参両院のネジレ現象のもとで、民主党はじめ野党の「ノー」によって、仮に一時的であれ、「ヤーメタ!」と撤収を決めざるを得なかった行動が果たして正しい選択なのか。国際社会の評価もさることながら、今、我が国が採らざるを得なかった政治的な判断を、後世の国民は、どう受け止めるのだろう。

  私たちは、まさに日本の『国家の品格』が、問われていることを忘れてはならない。

(2007・11・1丹羽記)

 

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