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「 風 窓 」(第10回) 2008年2月27日

 日野原重明先生(聖路加国際病院名誉理事長)は、女優の森光子さんと並んで、今や国民的な、お元気な高齢者の代表選手だ。

 現在96歳だが、医療、教育、著作活動、そして講演活動に引っ張りだこである。その先生から、「疲れた」とか「もう高齢ですから」などという言葉をお聞きしたことは、私自身、かねて一度も無い。とにかく、何事にも興味や関心を持って臨む、若い人たちも顔負けのその旺盛な情熱と行動力に私はただただ舌を巻く。

 先生とのお付き合いも、もう、かれこれ15年以上になるが、その前向きな姿勢を拝見する度に、それこそ、先生の著書『生きかた上手』を実践されているのだなといつも感心している。

先ごろも、ひょっこり私の事務所を訪ねてこられた。先生が今、最も情熱を注いでいらっしゃる“音楽療法士”の実現に向けた要望のためにお越しいただいたのだ。先生は、「音楽が病む人にとって、どれだけの癒しとなるか」について、蕩々とお話になった。

 先生によると、音楽による“心の安らぎ”の効果は、すでに旧約聖書の時代からあり、鬱病であった「サウル王」に「ダビデ」が竪琴を弾いて聴かせ、治したという記述があるのだという。現代でも自閉症の患者や不眠症の患者に音楽療法の効果があったというケースはいくらでもあるし、最近では、パーキンソン病や脳卒中、認知障害などにも適用され始めているというのだ。

 音楽の“癒し”の力を高く評価する日野原先生ご自身が、音楽に造詣が深いことは言うまでも無いが、先生は、20年前に「音楽には病に対し、どのような効果があるか」というエビデンスを導くため、バイオミュージック研究会を立ち上げている。その研究によると、現に、音楽療法を受けた人で、アルツハイマー病の進行が遅くなるという結果もあるそうだ。音楽が脳に良い刺激となっているのかもしれない。

 緩和ケア病棟にも音楽療法は欠かせない存在だ。今から15年前に日野原先生らが中心となって、緩和ケア活動の一環として神奈川県平塚市に、わが国で初めての独立型ホスピス「ピースハウス」を開設した。私も視察に行ったことがあるが、閑静な山の中で、ヘッドホンで音楽を聴いているガン患者たちの姿を見て、「その瞬間、不安から開放されているのではないか」と、私は、ホスピスの理想像を見た思いがした。

 米国では1950年に音楽療法の協会が発足し、今では4年制大学で音楽療法のプログラムが実施されており、その数もかなり増えているという話だ。小児科やリハビリテーションなどでも治療法の一つとして“認知”されているそうで、カナダの大学でも音楽療法士を養成するところがあるし、オーストリアやドイツでも盛んだと言われている。

 なぜ、日本では十分に国民的な関心が強まらないのだろうか。私は率直に言って、「音楽療法は単なるリラックスのために役立つだけ」という程度の認識で片付けられていることと、まだ科学的研究が十分でないことが挙げられるのではないかと思う。

日野原先生と丹羽代議士

(日野原重明先生と丹羽代議士)

 日野原重明著の『音楽の癒しのちから』によると、音楽療法の効用について、上智大学教授のアルフォンス・デーケン神父が、欧米の文献から次のように紹介していることを明らかにしている。

  1. 患者の注意を苦痛からそらして疼痛の緩和に役立つ。
  2. 死に直面する緊張やストレス、過剰な恐怖を和らげる。
  3. なつかしいメロディは楽しい思い出をよみがえらせ、灰色の闘病生活に暖かな灯をともす。
  4. 過去の人生から持ち越した問題を解決する手がかりを与えてくれる。
  5. 対話とコミュニケーションの糸がほぐれて、思いがけない心の交流を生むこともある。
  6. 音楽のハーモニーは、患者の精神的な動揺を鎮め、内的な調和を取り戻す助けとなる。
  7. 音楽は時間を超越しているため、永遠性への希望を与えてくれる。
  8. 残される家族の喪失の悲しみを癒し、立ち直りに導く上でも重要な役割を果たす。

 デーケン神父自身も、音楽の癒しが健康面に与える影響は少なくないとみておられるようだ。

 昔から「病は気から」と言われるが、人間は、特に、病になると精神面が肉体に強く影響を与えると言われる。例えば、高血圧やガンにかかると、そのことによって受ける心的障害などが不眠や食欲低下を起し、そうした心理的な状態が引き起こすストレスにより、消化器の潰瘍やさらに血圧を高める結果を招くことになるという説もある。

 私自身、外的ストレスが健康な身体に影響を与えることはまぎれもない事実であると思う。「心身一体」という考え方には全面的に賛成だ。私はかつて、「憎いとか、腹が立つとか、悲しいとかという消極的な意思表示は言葉に出さず、明るく朗らかで生き生きとし、勇ましい感じを自分でも感じ、また、他人も感じさせるような言葉以外はしゃべらないように」と教えられたことがある。そうすることによって、健康状態もいつの間にかよくなってくるというのである。その意味で、音楽の持つ“癒し”の効果を軽く見るべきではないと考えている。

 ところで、私自身が音楽療法に関心を持ち、取り組み出したのは、故・沢たまき参議院議員から熱心にお誘いを受けたことがきっかけだった。沢さんはジャズ歌手として著名な方であったが、ことのほか音楽療法に熱心であった。その沢さんが急逝する1週間前、私は会食をし、沢さんの音楽療法士実現へ向けての熱意を聞かされたばかりだった。それだけに、沢さんの突然の死は、私にとっても大変衝撃的であり、音楽療法士実現への最も頼りになる柱を失った思いであった。

 国会議員による音楽療法士推進議員連盟が発足したのは今から5年前。初代会長は斉藤十朗氏(元参議院議長)だった。斉藤先生が平成16年に政界を引退し、会長職のお鉢が私のところに回ってきた。現在は私が会長を務め、事務局長は、今は亡き沢議員の遺志を継ぐ意味で、公明党の福島豊衆議院議員にお願いをしている。

 音楽療法士推進議連では、福島豊議員が中心となって、音楽療法士(仮称)の法案要綱をまとめた。この法案要綱では、“目的”として「精神上の障害のある者の福祉の増進に寄与すること」としている。私どもは、音楽療法の位置づけは、あくまでも医療ではなく、もっと緩やかに受け入れられるようにとの配慮から、敢えて“福祉の増進”とした。そして、“癒し”と言う観点から、療法は精神的なことに絞って、諸外国に見られるようなリハビリや小児科などへの適用には触れないこととした。

 資格を得た音楽療法士の”義務”について明記したのも特筆すべきことだろう。それは、「正当な理由がなく、その業務に関して知りえた人の秘密を漏らしてはならないものとし、音楽療法士でなくなった後に於いても同様のものとする」と厳格に規定していることだ。

 また、“その業務を行うにあたって”は、「医師そのほかの医療関係者及び精神上の障害がある者の福祉に関する業務を行う者は、その他の関係者との連携を保たなければならないものとする」とか、「その業務にあたって精神上の障害がある者に主治の医師があるときは、その指導を受けなければならないこととする」と規定しており、あくまで、医師など医療関係者の理解や協力を前提としていることも大きな特徴だ。

 名称の使用制限の項では、「音楽療法士でないものは音楽療法士という名称を使用してはならない」と規定した。これは、音楽療法士があくまで『名称独占』で、医師や看護師のような“その資格を得なければ業務をしてはならない”という『業務独占』とは本質的に異なっているということだ。

 しかし率直に言って、精神医関係者の反応はもう一つ冷ややかなのが現実である。音楽療法士の実現にはいくつかのハードルがあって、それを一つひとつ超えていかなければならないが、まず精神医関係者の協力を得ることが、最初の大きなハードルを越えることになると思っている。私どもは、まず「音楽療法士の実現」を最優先としているが、まだ関係団体の足並みは揃っておらず、膠着状態であるのが実情で、これからも、いくつものハードルを一つひとつ跳び越えていかなくてはならない。

 私どもは日野原先生らの熱い思いや、そして沢さんの遺志を何とかして実現しなければならないと思っている。私は言わば、十字架を背負った思いだが、わが国もやがて近い将来、音楽療法士が国家資格として“認知”され、音楽療法によって癒される人たちが増えてくる時代がやって来ると確信している。

(丹羽記)

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