軽井沢で“涼”を求めて休暇中の宮沢喜一氏のもとに、時の小渕恵三首相から、大蔵大臣就任への要請が届いたのは、1998年7月だった。首相を務めた人が蔵相になるというのは、昭和2年(1927)の昭和大恐慌の際に就任した“だるま蔵相”、高橋是清以来のことである。
宮沢元首相に白羽の矢が立った10年前の時も、バブル後遺症で景気が低迷、日本発の金融恐慌すらあり得ると危ぶまれた時代だ。“平成の高橋是清”は、元々、財政出動によって景気を刺激するケインズ派である。「景気対策と財政再建の二兎は同時に追えない」と、何のためらいも無く財政出動に踏み切る。
公共事業など約18兆円の景気対策と、5兆円の恒久減税を断行したのだ。さすがの宮沢氏も、1999年の大蔵原案の説明では、国債依存率が急上昇したことを踏まえて、「大魔神を初回から登板させたようなものだ」と、自嘲気味に語った。
その評価は分かれるが、ともかく、国債依存度は、この財政出動を契機に急上昇した。1999年は前年の38.6%から一気に43.4%になった。また、平成15年度(2003年)には44.5%と過去最高を示した。

写真:宏池会のパーティーで挨拶をする故宮澤元首相と丹羽代議士
宮沢喜一氏が、今年6月28日午後、ご逝去された。享年87歳であった。8月下旬、日本武道館で内閣・自民党合同葬が執り行われたが、生前のご縁もあって、私は葬儀副委員長として原宿の宮沢邸へご遺骨をお迎えに行った。ご遺骨を乗せた車は、途中、自民党本部、総理官邸、国会議事堂前を通ったが、私は宮沢先生との出会いが思い出され、感慨無量だった。
積極財政論者であった宮沢氏は“大魔神発言”の後、「財政としてもう後が無い。こんなこと長くやっていられるとは思わないが…」とも付け加えたのだった。参議院選挙の敗北で、小泉・安倍政権と続いた改革路線に陰りが見え始め、財政再建論に綻びが出始めた。宮沢氏なら、この状況をどう見てどのように解説するのか、今はその願いも叶わない。
国と地方の債務残高は平成19年度(2007年)末で773兆円、対GDP比では148%を上回る。ちなみに債務残高の国際比較を見ると、わが国がOECD諸国でワースト1で、続いてイタリアが121%、フランス、ドイツ、アメリカ、カナダなどは60〜70%を推移している。
辛口で定評のある東京大学の吉川洋氏は、経済財政諮問会議で「(債務残高は)船底に溜まった水、ちょうどタイタニック号の浸水と似たところがある。船底に穴が開いていてはまた浸水してくる。水が入ってきているのが年々のフローとしての財政赤字だ」、「どのあたりが危険なのかいろんな考え方があるが、EU等の基準だと60%、日本は危険水域をはるかに越えているという事を認識すべきだ」と述べている。
残念ながら、現在の民主党からは財政再建などという言葉は少しも出てこない。建て前の時の餅撒きのように、国民に金をバラ撒いて人気を上げることに必死だ。それでは問題の真の解決にはならない。最近、選挙を意識してか、政府与党間でも、ややその傾向が見られ始めていることを、私は密かに危惧している。我々は「パンとサーカス(見世物)」のバラ撒きを続けたのも没落の一因と言われるローマ帝国の轍を踏むわけにはいかないのだ。
消費税議論を封印し、いわゆる「霞ヶ関埋蔵金伝説」なども出てきた。一般歳出のうち社会保障関係費は2007年度で21兆円、約45%を占める。とにかく年末にかけて農業・道路・社会保障と陳情合戦は繰り広げられるが、財源論は全く息を潜めている。消費税を社会保障費に目的税化したらどうかという意見もあるが、まだ現実味を帯びてこない。古くは小沢一郎氏が新生党を率いていた平成6年に、国民福祉税(消費税を当時の3%から一気に2倍以上の7%に引き上げ福祉目的に充てる)を華々しく打ち上げたが、一夜にして消えてしまった。
年金の国庫負担を平成21年度までに3分の1から2分の1に引き上げなければならない。これに異論を挟むものは誰も居ない。その一方で、財源に真正面から取り組もうという姿勢が無いのは残念なことだ。消費税の引き上げは、ブーメランのようなもので、国民の反発という負が自分のところに返ってくるというので、皆触れたくは無いのだ。私は年金の国庫負担2分の1が挫折すれば、年金から保険料を徴収する医療保険や介護保険にも多大な影響を与え、わが国の社会保障の崩壊にも繋がりかねないとまで思い詰めている。年金財源は、廃止する定率減税や、消費税を活用してでも実現しなければならない。
政治家は、自分の時代のことだけを考えて判断すべきではない。大切なことは自分たちの子供や孫の世代に、まさしくタイタニック号のように沈没してしまうようなことをさせてはならないということだ。急激な財政再建は確かに強烈な痛みを伴うかもしれないが、国民の理解を得て、緩やかであっても改革路線、財政再建路線というものは着実に推進していかなければならない。
(丹羽 記)