地元の新年会に、友人でもあるテノール歌手、経種廉彦(いだね・やすひこ)氏にお越しいただいた。
経種さんは、東京芸術大学を卒業、同大学院修了後、イタリアのミラノに留学し、いまや、若手オペラ歌手として注目株の一人だ。私は、そんな経種さんの迫力のある歌声を初めて聴かせていただいてから、かれこれ4〜5年になるが、いまが伸び盛りだ。
経種さんは、いつも飄々としていて、上背も1メートル65センチほどと、そう大柄ではないが、私は彼の歌を聴く度に、どこからこんな声量が出てくるのかと、いつも感心している。私の新年会にお集まり頂いた大勢の方々を前に、経種さんがわざわざ歌ってくださったのは今年が始めてだ。
まず、最初にアカペラでお得意のイタリア民謡「オー・ソレ・ミオ」で軽く喉慣らしといったところ。ここまで響くかと言う張りのある素晴らしい歌声に、会場の聴衆は、度肝を抜かれたとはこのことか、それまでザワザワしていた私語も止まり、一瞬にして静粛の中に。歌が終わると割れんばかりの拍手だった。
2曲目は、昨年、日本ばかりでなく全世界を席巻した「千の風になって」(新井満・訳詞、作曲)。
歌う前に、ポケットから小さな笛のようなものを取り出し、口にくわえ音程を取った。マイクを握った経種さんは、ぼそぼそした話し方で、「喉が良くなる薬を飲んでいるのではありませんよ。“千の風になって”は、丹羽先生のお好きな歌ですので、心をこめて歌いたいと思います」。これもアカペラで力んだ様子もなく、滑らかに歌い始めた。
〜私のお墓の前で 泣かないでください〜
〜そこには私はいません 眠ってなんかいません〜
〜千の風に 千の風になって〜
〜あの大きな空を 吹きわたっています〜
伸びのある声が会場に響き渡った。
あまりの迫力に、私どもは一瞬息を呑んだ。経種さんは大きな動作をとる事も無く淡々と歌ったが、しばらくして会場は興奮の渦に。再び会場を震わせんばかりの拍手に交じって「アンコール!」の声も響いた。経種さんは2曲だけで一人静かに舞台を降りた。

(素晴らしい歌声を披露して下さった経種廉彦氏)
「千の風になって」は9.11同時多発テロ事件で父親を亡くした11歳の米国人少女が、1年後の追悼式でその詩を朗読したことで話題になった。それにまた、2006年11月、歌手の福山雅治氏がライブで同時多発テロの写真を上映しつつ、邦詩を朗読したこともある。
世界を震撼させた9.11テロは、私にとっても辛い思い出のある忘れ得ない大事件である。私は、9.11テロの発生する僅か10日前に、ワールドトレードセンターを訪れているのだ。ワールドトレードセンターにオフィスを構える日本系金融機関で、2時間以上にわたってエコノミストたちとアメリカ経済の今後の展望について意見を交換したのだ。いずれも優秀なスタッフで、その分析力と先見性に大変感心をした。その時、懇切丁寧に説明をしてくれたスタッフの一人、Iさんが、その10日後にテロの犠牲となったのだ。
私は、今でも81階のオフィスから高速エレベーターに一緒に乗り、ロビーまで見送ってくれたIさんの姿を忘れることができない。彼は、1度目の旅客機が突入した時、隣のビルから一旦脱出していたが、同僚などの安否を気遣ってビルに戻り、二機目の突入事件に遭遇したらしい。私は交換した彼の名刺をしばらくの間、机の中にそっとしまっておいた。その1枚の名刺がとても重く感じられたからだ。彼の心優しい生真面目な生き方は、やがて日本の各地で感動を呼び、テレビ局でドラマとして放映された。
それから3年後、私は再び、同地を訪れた。テロの現場はすっかりと様変わりしていた。ワールドトレードセンターの跡地「グランドゼロ」の瓦礫の山も残らず取り除かれていた。その真下にあった、地下鉄の駅も復旧し、大勢が利用していた。この9.11テロ事件による、犠牲者は2973人に達したが、その多くの遺体は発見されなかったという。全く、無関係な善良なる市民を一瞬のうちに巻き込むテロは憎く、絶対に許すことはできない。
「テロとの闘い」は、国際社会にとって、いや、わが国にとっても最重要課題だ。9.11同時多発テロを引き起こした国際テロ組織アルカイダは、アフガニスタンなどで訓練したテロリストを世界へ次々と送り出してきた。国際社会はアフガンを再び“テロの温床”としないという強い意志のもと、「不朽の自由作戦」と名付けた「テロとの闘い」を開始した。これまで約40か国が参加しており、イラクには参加しなかったフランス、ドイツ、カナダも参加している。
わが国のテロ特措法が9.11テロをきっかけに設けたことを忘れてはならない。このかつてない卑劣で大規模なテロ攻撃を、国連が安保理決議の「国際平和と安全に対する脅威」と認め、「テロ防止のために国連のすべての加盟国に対し、適切な措置をとることを求めた」ことに、わが国も貢献の手を挙げたものであり、それは当然のことである。
1月9日の党首討論で、民主党の小沢代表は、「政府はどういう原則、ルール、基準で自衛隊を海外派遣するのか」と質問した。小沢氏は、「国連重視」をよく口にされるが、旧テロ特措法の目的(第一条)は、まさに「(国連の加盟国への求めにかんがみ)わが国を含む国際社会の平和と安全の確保に資すること」とうたっていた。福田総理が答えているように、原則は国際平和協力活動であって、戦争をするためではない。「憲法を持ち出すまでの話ではない」という福田総理の発言は、これまた至極当然の話である。
「テロとの闘い」は、陸上での掃討作戦に加え、海上阻止活動によってテロリストや武器、資金源となる麻薬などが海上を通じて移動、拡散することを防止することにあるが、旧テロ特措法でも、わが国の役割は協力支援活動や被災民救援活動など(新法では、「給油、給水」に限定)であり、「武力による威嚇または武力の行使にあたるものであってはならない」を基本原則(第二条)としていた。その原則に変わりはない。
参加各国の活動は、わが国の海上自衛隊からの燃料や水の補給に大きく依存している。海上自衛隊の補給艦がほぼ切れ目無く存在することにより、参加各国の艦艇が頻繁に補給地へ寄港する必要が無くなり、長期にわたる作戦活動が可能となり、海上阻止の成果となっている。日本の海上自衛隊が各国から高い評価を受けていることは言うまでもない。
この海上補給活動は、衆参の“ねじれ現象”の犠牲となり、テロ特措法の期限切れにより、一時撤退を余儀なくされたが、やっと衆議院での補給支援特別措置法の再可決により再開する運びとなった。
ところで、現在、世界の平和と安全のために活動する国連のPKO(平和維持活動)は過去最大規模となっている。しかしながら、わが国の人的貢献(要員数)は、国際的に見て非常に見劣りすることは否めない。日本は国連通常予算の2割近くを負担し、財政面では米国に次ぐ貢献をしている。しかし、現在、PKOなど国連ミッションへの派遣要員(部隊、軍事監視、文民警察)は、わずか53人で、参加119か国中、81番目だ。
これからは、日本は「カネ」は出すが「ヒト」は出さないではすまされないだろう。軍事監視員や司令部スタッフ、文民警察官など、「ヒト」の派遣を増やして、国際連合の旗のもとで各国の派遣要員と共に“汗をかくこと”を明確に示す必要があろう。この様な“目に見える貢献”が財政貢献と相俟って、日本は初めて世界各国から尊敬と畏敬の念を集め、わが国の国益を高めることになるのではないか。また、それは、このグローバル化時代にあって、国際社会の一員として、当然果たすべきことではないか。
「千の風になって」----------。
理不尽なテロにより命を奪われた、日本人を含む3千人近くもの人達と、愛する人を失い絶望のどん底に突き落とされた多くの善良な市民のために、私たちはただ嘆き悲しんでいるだけであってはならない。「テロとの闘い」は、人類の平和と安全を守るための闘いであり、わが国とは無縁なことだなどと言ってはいられないのだ。
(丹羽記)