私は、昨年末、静岡県伊豆の国市にある順天堂大学付属病院(前田稔院長)を訪ねた。伊豆の国市は、2年前、伊豆長岡・大仁・韮山の3町が合併して誕生した市だ。人口は、3地区合わせて4万8000人。山に囲まれた温暖の地であり、温泉地として知られる。
順天堂大付属静岡病院は、3年前に、静岡県では浜松市の聖隷三方原病院に続いて、2機目のドクターヘリを導入した。ドクターヘリとは、救急医療活動を行うヘリコプターのことだが、機動的なこの活動そのものを差す言葉としても使われる。救急に必要な医療機器を装備した専門のヘリコプターを救急センターに常駐させておき、消防機関などからの出動要請があった場合に、直ちに救急医療専門の医師(フライトドクター)と看護師が搭乗して急病人など患者のいる現場に向かう。そして、救命救急センターに搬送するまでの間、あるいは現場で患者に救命医療を行うというわけだ。病院のない離島や車では時間がかかる僻地などに、短時間で駆けつけて治療するには打って付けの方法である。
順天堂大付属静岡病院は、開設以来40年経つが、30の診療科目と552床の病床を有す大病院だ。伊豆半島の住民にとっては、地域の医療機関として欠かすことが出来ない“生命線”のような存在だが、なかでも、救急センターは、静岡県で最大の60床を数える。
私はかねてから、救命救急とは深い繋がりを持っている。平成3年に『救急救命士法』が制定され、かれこれ17年が経つ。救急隊(消防士)が、搬送中の救急車内で、応急措置をすることが出来るようにする「救急救命士」の実現に関わったものだ。
施行当初、救急救命士に許された特定行為(その都度、医師の具体的な指示を必要とするもの)は、@乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液、Aラリンゲアルマスク等の器具による気道確保、B半自動式除細動器による除細動、であった。病院に着くまで緊急の救急医療に当たろうというものだが、器官挿管については、医療界から、「医師でない救急救命士に任せるには危険な医療行為だ」と反対が強く当時は認められなかった。しかし、その後、平成15年に自動体外式除細動器(AED)による除細動、16年に気管内チューブによる気道確保(気管挿管)、17年にはアドレナリンを用いた薬剤の投与が特定行為として追加され、救命救急措置の範囲が飛躍的に広がった。
※AEDによる除細動は平成16年7月から一般市民も使用することが出来るようになった。
順天堂大付属静岡病院の外来には、年間2万人が来院し、うち2800人が入院しているという。私は、前田院長や森健太郎(脳神経外科教授)救命救急センター長から、行き届いた救急医療について、詳しく説明を受けたが、ふと、過日訪れた釧路市での救急センター医師確保のための奔走ぶりが思い出された。まさに、“天と地”の差とはこのことか、と。
心筋梗塞や脳梗塞は、発生後のすばやい治療が生死を分ける。しかし、日本全国どこの地方都市も、救急医療を担当する医師が不足し、青息吐息の状態だ。同病院では、そんな患者への対応も、ドクターヘリで行う。G棟屋上特設へリポートに、常時ドクターヘリが待機し、朝は8時前から日没の夕方5時過ぎまで、操縦士らがいつでも出動できるようスタンバイしている。
フライトドクターは、およそ15人。1日に1.8件の割合で出動し、年間では600回に及ぶ。出動要請があると、3分以内に、医師、看護師がヘリに搭乗して現場に直行する。伊豆半島の最南端50キロ地点まで15分。富士山頂、大島をはるかに越える70キロ圏内でも、21分しかかからないという。伊豆半島は、奥深い山岳地帯のため、交通事故や急病が発生した場合など、車だと現場到着に1、2時間はかかることはざらだ。特に、夏の観光地は交通渋滞がひどい。1分1秒を争う患者にとっては、ドクターヘリは、文字通り天から降りて下さる“救世主”と言えよう。

(ドクターヘリを囲む医師、パイロット、整備士と丹羽代議士)
私は、ヘリポートで前田院長らの許しを得て、駐機中のドクターヘリに試乗させてもらった。狭い機内には、除細動、器官内挿管など医療機器が所狭しと装備されている。柵のない広々としたヘリポートのすぐ眼前には、小高い「源氏山」が見えるが、ヘリなら離着の支障にはならないのだろう。
日本は、欧米に比べ、ドクターヘリの配備が不十分で、現在は、北海道、静岡など10道県11機にとどまっているが、米国では450機、ドイツ、78機、スイス、13機、フランスでも30機が稼動している。そこで、わが国でも遅ればせながら、全国的な配置をめざす「特別措置法」がこの4月から施行されることになった。
この特措法の旗振り役は、救急ヘリ病院ネットワーク理事長の国松孝次氏だ。国松氏は、ご自身が警察庁長官時代に、何者かの銃撃に遭って、危うく一命をとりとめた方だが、スイス大使時代、ドクターヘリの“威力”をまざまざと痛感したのが旗振りの動機だという。国松理事長らの熱意に応えたのは、与党ドクターヘリワーキングチーム座長の木村仁参議院議員らである。木村氏は、かつて旧自治省消防庁長官時代に、「救命救急士」誕生に一役も二役も買ってくれた、私にとって、いわば“戦友”である。
特措法では、都道府県が病院の配置などを定める医療計画に、ドクターヘリの配置目標年次、配置先を盛り込むよう求めている。各都道府県は原則として、一機を配備することになり、国と都道府県は年間1億7000万円を限度として、国と折半することとしている。これを契機に、各都道府県が、ドクターヘリの配備に積極的に取り組むことを期待したい。
1秒を争う急病患者や、僻地や離島、さらに道路が寸断された事故現場では、ドクターヘリの搬送が唯一の救出手段でもある。大災害では、特に緊急性が高いが、阪神淡路大震災のときは、発生時に医師の乗っている消防用ヘリが、患者一人を運んだだけだったというお粗末な語り草が今も伝えられている。
かつて、「人命は、地球より重い」と言った総理大臣がいた。福田現総理の父上、福田赳夫氏である。
ドクターヘリは、深刻化する医師不足解消にも役立つ。
出動要請に備え待機中のフライトドクターの一人が、ぽつりと言った。
「ドクターヘリの遅れは、この国の人命に対する認識不足そのものです」と。
私は、この若いドクターとまったく同じ認識を共有するものだ。 (丹羽記)